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東京高等裁判所 平成9年(行コ)69号 判決 2000年9月28日

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決中控訴人らに関する部分を取り消す。

2  別紙当事者目録記載番号1ないし70の控訴人ら

(一) 被控訴人厚生大臣がした食品、添加物等の規格基準(昭和三四年一二月厚生省告示第三七〇号)の一部を改正する告示(平成四年一〇月厚生省告示第二三九号)のうち原判決別表1ないし3記載の成分規格を定めた部分及び食品衛生法施行規則(昭和二三年厚生省令第二三号)の一部を改正する省令(平成四年厚生省令第六四号)を取り消す。

(二) 被控訴人国は、右控訴人ら各自に対し、五〇万円ずつ及びこれに対する平成四年一二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  別紙当事者目録記載番号71の控訴人

(一) 被控訴人厚生大臣がした食品、添加物等の規格基準(昭和三四年一二月厚生省告示第三七〇号)の一部を改正する告示(平成五年三月厚生省告示第六八号)のうち原判決別表4記載の成分規格を定めた部分を取り消す。

(二) 被控訴人国は、右控訴人に対し、五〇万円及びこれに対する平成五年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  別紙当事者目録記載番号72ないし96の控訴人ら

(一) 被控訴人厚生大臣がした食品、添加物等の規格基準(昭和三四年一二月厚生省告示第三七〇号)の一部を改正する告示(平成五年九月厚生省告示第二〇〇号)のうち原判決別表5及び6記載の成分規格を定めた部分を取り消す。

(二) 被控訴人国は、右控訴人ら各自に対し、五〇万円ずつ及びこれに対する平成五年一二月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

6  前記2ないし4の各(二)項につき仮執行の宣言

二  被控訴人ら

1  主文と同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次に付加、訂正、削除するほかは、原判決事実摘示中の控訴人らに関する部分に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の補正

1  原判決一五頁六行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「また、食品衛生調査会は、フェニトロチオンの基準値を定めるに当たり、住友化学工業株式会社作成の資料も入手せず、十分な資料もないままに審議したもので、このような食品衛生調査会の答申に基づいてされた本件第一告示は違法である。」

2  同一五頁一〇行目から一一行目にかけての「何ら正当な根拠もないのに」を「食品衛生調査会に諮らずに基準設定における考え方を変更して」と改める。

3  同一九頁四行目の「現実の危険、不安、不快感」を「自己の身体の安全、健康に対する現実の危険、不安、不快感、さらには子孫の健康にまで悪影響が及ぶおそれがあることに対する不安」と改める。

4  同一九頁六行目から七行目にかけての「本件各事件ごとに、」を削除する。

5  同一九頁九行目冒頭から同二〇頁一行目末尾までを次のとおり改める。

「よって、控訴人らは、被控訴人厚生大臣に対し、別紙当事者目録記載番号1ないし70の控訴人らにおいては本件第一告示及び本件規則改正の取消しを、同番号71の控訴人においては本件第二告示の取消しを、同番号72ないし96の控訴人らにおいては本件第三告示の取消しをそれぞれ求めるとともに、被控訴人国に対し、国家賠償法一条に基づき、控訴人ら各自に対する慰謝料五〇万円ずつ及びこれに対する訴状送達の日の翌日である同番号1ないし70の控訴人らについては平成四年一二月一七日から、同番号71の控訴人については平成五年一〇月一日から、同番号72ないし96の控訴人らについては同年一二月一〇日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

二  控訴人らの当審における主張

1  農薬の危険性

(一) フェニトロチオンの急性毒性及び亜急性毒性について

(1) 食品衛生調査会はフェニトロチオンのADIを〇・〇〇五㎎/㎏/日と設定したが、その設定の根拠が不合理である。

Aの意見書(甲第一一六号証)によると、資料五‐一ではラットの亜慢性毒性及び九二週摂取によるコリンエステラーゼの変動試験において、無影響量は五PPm(雄で〇・二七㎎/㎏/日、雌で〇・二八㎎/㎏/日に該当)と考えられ、イヌの無影響量〇・一五㎎/㎏/日にかなり近いとされている。また、資料六ー六においては、イヌの一年間試験で無影響量は一〇PPm(〇・二五㎎/㎏/日に該当)と記載されている。この二つの試験成績を見るだけでも、無毒性量は〇・五㎎/㎏/日ではなく、〇・二七㎎/㎏/日となるはずであって、〇・五㎎/㎏/日とした根拠が見当たらない。

被控訴人らは、フェニトロチオンのADIについてラットの慢性毒性試験の無毒性量〇・五㎎/㎏/日を採用したと主張するが、根拠がない。すなわち、食品衛生調査会が採用したラット試験は、甲第一一六号証の資料六ー一のとおりMRID〇〇〇七一九六五で表示される試験であるところ、EPAは、同試験において一〇ppm(〇・五㎎/㎏/日)で脳、血漿にコリンエステラーゼで影響が現れているとしている(甲第一〇四号証)のであるから、仮に被控訴人らが主張するように血漿コリンエステラーゼヘの影響は毒性と見ないにしても、脳コリンエステラーゼへの影響は明らかに毒性の発現であるから、被控訴人らの主張する無毒性量〇・五㎎/㎏/日は絶対にあり得ない。

なお、本件各告示の後ではあるが、EPAは、平成七年七月二五日に公表した再登録のための評価書(甲第一〇四号証)において、「フェニトロチオンが人体の健康に及ぼす危険度が高いこと、また、環境に及ぼす悪影響の可能性が高いことが示された。」として、フェニトロチオンの急性毒性及び亜急性毒性を評価し、その評価の結果、フェニトロチオンのADIを〇・〇〇一三㎎/㎏/日と決定し(ただし、EPAは、ADIの代わりに参考値という言葉を使用している。)、ADIを約四分の一に切り下げたのである。そして、EPAがその根拠として用いた試験は、食品衛生調査会が資料六ー六として採用したイヌにおける一年間混飼毒性試験であり、その最大無作用量を〇・一二五㎎/㎏/日とし、ADIはこれに安全係数一〇〇分の一をかけて、〇・〇〇一三㎎/㎏/日と決定したことが明らかである。

したがって、フェニトロチオンのADIは、〇・〇〇五㎎/㎏/日ではなく、EPAの毒性評価資料にある〇・〇〇一三㎎/㎏/日でなくてはならない。

(2) 被控訴人厚生大臣がフェニトロチオンについて設定した残留基準値に基づき理論最大一日摂取量を計算すると、フェニトロチオンのADIを〇・〇〇五㎎/㎏/日とした場合でさえその約九〇パーセントを占めているのであるから、EPAの採用する右のADI(〇・〇〇一三㎎/㎏/日)によれば、これをはるかに超えることは明らかである。

被控訴人らは、EPAの評価をもとにしたとしても、フェニトロチオンの現実の摂取量は、許容摂取量の一〇%程度にすぎず、これを大幅に下回っていると主張する。しかしながら、残留農薬基準値は、この濃度まで当該農薬が残留していても流通させてよいという意味を持つ値であるから、実際にそのような濃度まで残留していないから、国民の健康確保に支障を生じるおそれはないということはできない。

(3) また、平成一〇年五月一日厚生省が公表した「残留農薬基準設定における暴露評価の精密化に関する分科会報告」では、ADIの配分において水、大気及びその他による暴露を全体の二〇パーセントとすることになっている。わが国においては、フェニトロチオンが松枯れ病の防止やその伝染予防、あるいは白蟻駆除のために大量に使用されており、ADIに占める割合は二〇パーセントを超えることは明らかであると思われるが、仮に二〇パーセントであるとしても、そもそもフェニトロチオンの残留基準に基づく理論最大一日摂取量はADIの九七・二パーセントであるから、残留基準値に基づいて計算される理論最大一日摂取量は、水、大気等からの暴露を考慮すると、ADIを超えることが明らかと思われ、その根拠を失ったことになる。

なお、前記分科会報告によると、残留実態調査をもとに人の暴露量を精密に評価し、その結果がADIを超えない限り、仮に当該残留基準に基づく理論一日最大摂取量がADIを超えていても国際基準を受け入れようということのようである。しかし、被控訴人らは、一方において、食品の販売は原則自由であって、残留農薬基準は、「従来何ら規制がなかったものに新たに規制を課して公衆衛生の向上に資するために設定されたもの」であると主張しているのであるから、その基準により許容される最大量の農薬を摂取したとしても、人の健康に危険を及ぼすおそれがないという観点から決定されるべきものである。そうだとすれば、残留基準値に基づいて計算される理論最大一日摂取量がADIを超えるなら、右基準は、国民の健康に危害を及ぼすものとして直ちに取り消されるべきものである。

(二) マラチオンの毒性について

マラチオンの残留基準に基づく理論最大摂取量はADIの九七パーセントを超えているから、前記厚生省の分科会報告のとおり、ADIの配分において水、大気及びその他による暴露を全体の二〇パーセントとすると、残留基準値に基づいて計算される理論最大一日摂取量は、水、大気等からの暴露を考慮すると、ADIを超えることが明らかである。

(三) マラチオン、ペルメトリン、シペルメトリン、イマザリルの内分泌攪乱性について

アメリカの科学者シーア・コルボーンらの研究は、マラチオン、ペルメトリン、シペルメトリンを内分泌攪乱化学物質として取り上げており、これらは、人体の暴露時期によって微量でも重大な影響を及ぼすおそれがあることが明らかとなっており、また、イマザリルについても内分泌攪乱化学物質の可能性がある。

2  控訴人らの損害

本件各告示及び本件省令に係る農薬の危険性や子孫の健康への悪影響に対する不安等は既に主張しているところであるが、さらに被控訴人厚生大臣が残留農薬基準の設定における従前の考え方を危険な方向へ変更し、専門家による食品衛生調査会の調査審議が杜撰で、法の求める厳格さを欠き、これを基礎として被控訴人厚生大臣の本件各行為がなされたことによって、控訴人らの不安は増幅した。

また、控訴人らが被控訴人厚生大臣の独占する本件各農薬に関する情報を請求したにもかかわらず、これが与えられず、発がん性等が報じられている危険な農薬を食べさせられるのではないか、自分もがんになるのではないかという不安をもたらされた。このような安全情報を入手できないという不安から早期に解放されたいという期待、その期待の背後にある控訴人らの不安、焦燥の気持ちを抱かされないという利益は、内心の静穏な感情を害されないという利益として、不法行為上の保護の対象となるというべきである。

三  被控訴人らの主張

1  農薬の危険性についての反論

(一) フェニトロチオンの急性毒性及び亜急性毒性について

(1) ADIの評価方法は、まず、各種動物における毒性試験成績を評価し、各試験成績ごとに投与された動物に何ら毒性影響が認められない用量(以下「無毒性量」という。)を求め、次に試験成績ごとに求められた無毒性量のうち、原則として最も小さいものを当該農薬の動物における無毒性量とし、これに安全係数(通常は一〇〇分の一)を乗じることにより、ADIが求められる。フェニトロチオンについても、平成四年の食品衛生調査会において、この原則に従い、各種動物試験の中で最も小さい無毒性量からADIを〇・〇〇五㎎/㎏/日と設定したものである。EPAがADIを設定する根拠として用いた資料六ー六(イヌを用いた一二か月間の慢性毒性試験)は、食品衛生調査会において、無毒性量として五〇PPm(一・五七㎎/㎏/日)と評価しているところ、右試験成績より低い無毒性量がラットの毒性試験から求められたため(〇・五㎎/㎏/日)、イヌを用いた右試験成績については、ADIの根拠とされていない。なお、EPAでは、フェニトロチオンの参考値(わが国のADIに相当するもの)を資料六ー六のイヌの毒性試験成績から〇・〇〇一三㎎/㎏/日と設定しているが、これは、EPAが右参考値を算出するに当たり、無毒性量ではなく、無影響量を用いたためと考えられる。食品衛生調査会では、平成四年の食品規格設定に係る毒性・残留農薬合同部会報告(乙第四二号証)で示されているとおり、何らの毒性が発現しない最大用量を求めるという考え方に基づき毒性評価を行っている。

そして、JMPRがまとめた「食品中の残留農薬における毒性評価の原則」においても「毒性の最終目標は、全ての毒性データベースに基づき無毒性量(NOAEL)を求めることであり、このNOAELはしかるべき安全係数とともにADIの算出に使用される。」としている。そして、この無毒性量による毒性の評価は、食品添加物の指定及び使用基準に関する指針、医薬品の単回及び反復投与毒性試験ガイドライン等においても、何ら毒性変化が認められない用量の上限として無毒性量を統一して用いている。このように、毒性評価に際しては、広く国内外において無毒性量によってその評価が行われているのであって、食品衛生調査会において無毒性量からADIの評価を行うことは国際的な基準に照らし何ら問題のないものである。

(2) 被控訴人厚生大臣は、右基準設定後、実際に国民が摂取している農薬の量についてマーケットバスケット方式により調査を行っており、その調査結果によれば、フェニトロチオンの実際の一日摂取量は〇・七七μg(平成三・四年度)、一・四八μg(平成五年度)、七・一二μg(平成六年度)と報告されている。ところで、EPAの許容摂取量は、〇・〇〇一三㎎/㎏/日であるから、これに平均体重五〇キログラムを乗じて一日の許容摂取量を試算すると、六五μgとなる。したがって、EPAの評価をもとにしたとしても、フェニトロチオンの摂取量は許容される摂取量の一〇パーセント程度にすぎず、許容される摂取量を大幅に下回っていることになる。

(3) 控訴人らは、水、空気等の経路からの農薬の暴露に一日摂取許容量の二〇パーセントを割り振る考え方に関連して、フェニトロチオンはこれを超えることが明らかであると思われる旨主張するが、環境庁による平成五年度の「化学物質環境汚染実態調査」では、大気中のフェニトロチオンについて全国一五地点で測定した結果、一地点から検出された以外はいずれも検出されず、また、検出された最高濃度を用いて算出された暴露量は、一日摂取許容量の〇・三パーセントであった。そして、水については、厚生省水道環境部の平成八年度の水質測定結果では、フェニトロチオンについては全国で二六二検体の測定が行われ、検出が見られたのは二検体のみであった。これらの結果から見ても、フェニトロチオンの水、空気等を介した暴露は極めて限られたものであることが明らかである。

(二) マラチオンの毒性について

理論最大一日摂取量方式は、実際の農薬の摂取量からはるかに乖離した推計値を示すことが明らかになっており、マラチオンのマーケットバスケット調査による暴露量(農薬の摂取量)の推計値は、一日摂取許容量の三パーセント未満にすぎない。

(三) 内分泌攪乱化学物質について

内分泌攪乱化学物質に係る問題については、環境庁の中間報告においても、これまでに得られている知見からは、一般生活において内分泌攪乱化学物質が人に影響を及ぼしているか否かを判断することは困難とされているところであり、国際的に見ても、子供の環境保健に関する八か国の環境指導者の宣言書に記載されているとおり、国際政府間フォーラム等を通じて国際的な研究や協調が進められようとしている段階であって、いまだ研究途上の問題であって、内分泌攪乱化学物質であると指摘されている物質による具体的な影響は明らかにされていない。

2  控訴人らの損害の不存在

控訴人らは、残留農薬基準設定における考え方の変更等による不安、不信や食品の安全性に対する情報を入手することができないことに対する不安があると主張するが、そのような漠然とした心情が国家賠償法上保護の対象となる控訴人ら個人の利益とはいえず、損害賠償の対象となる損害が発生しているとはいえない。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、控訴人らの被控訴人厚生大臣に対する本件訴えはいずれも不適法であるから却下すべきものであり、控訴人らの被控訴人国に対する本件請求はいずれも理由がないから棄却すべきものであると判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決理由に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四九頁八行目の「危険ないし不安」を「危険ないし不安や子孫の健康への悪影響に対する不安」と改める。

2  同五二頁末行から五三頁一行目にかけての「第四二号証、」の次に「第六四号証、」を加える。

3  同五四頁五行目の「ADI」の次に「(通常、体重一キログラム当たりのミリグラム数で表される。)」を加える。

4  同五五頁一行目末尾の次に「そして、このような方法によるADIの設定は既に国際的に定着しており、わが国でも同様の方法を採用している。」を加える。

5  同五五頁二行目から三行目にかけての「参考にしながら、日本人一人が平均して一日に摂取する農作物の量に基づき」を「参考にしながら、農薬毎に残留農薬についての一応の基準値案を設定し、日本人一人が平均して一日に摂取する農作物の量に右基準値案を乗じて」と改める。

6  同五五頁七行目の「以下「理論一日最大摂取量」という。」を「Theoretical Maximum Daily Intake、以下、本判決では「理論最大一日摂取量」という。」と改める。

7  同五五頁八行目の「を求め、」から同一〇行目末尾までを次のとおり改める。

「を求める。そして、その理論最大一日摂取量が、当該農薬のADIに体重五〇キログラムを乗じて得た人の許容される一日の摂取量を超えない場合、人が一生涯にわたり当該農薬を摂取したとしても安全性に問題はないと考えられることから、当該基準値案を基準値として採用する。これに対し、理論最大一日摂取量が当該農薬のADIから求めた許容される一日の摂取量を超える場合には、基準値案を厳しく規制する方向で再検討し、再検討された基準値案に基づき計算し直した理論最大一日摂取量が、ADIから求めた許容される一日の摂取量を超えないことを確認した上で、再検討した基準値案を基準値として採用することとしている。」

8  同五七頁三行目の「適用していることや」を「適用していること、控訴人らの引用する米国科学アカデミーの乳幼児及び小児の食事中の農薬に関する勧告の概要は、発育に関し毒性が見られる場合及び小児に関する毒性試験が不完全な場合という限られた場合に、さらに一〇分の一の係数を用いるよう勧告しているものであって、一律に一〇〇〇分の一の係数の適用を求めているものではないこと(乙三五)」と改める。

9  同六八頁一行目「前記認定の事実」から同二行目末尾までを次のとおり改める。

「前記認定のとおり、ヒトに対する発がんの危険性を評価する際には、その農薬の発がんの作用機序を考慮するというのが一般的な考え方であり、動物を用いた発がん性試験において発がん性が認められた農薬であっても、変異原性試験等に基づき発がん性の作用機序を調査検討した上で、非遺伝子傷害性であると判断された場合には、発がん性が認められた当該発がん性試験において、閾値、すなわち無毒性量を求めることが可能と考えられており、その結果、他の毒性試験成績と併せ、ADIの設定が可能であるから、ADIから求められる許容される摂取量の範囲内で農作物ごとに基準値が設定されることになること、IARCは、化学物質のヒトヘの発がん危険性について分類を行い、ヒトヘの発がん性について不十分な証拠しかない、あるいは証拠がないが、実験動物では十分な発がん性の証拠がある場合にグループ2B(ヒトに対して発がん危険性の可能性がある)とし、ヒトヘの発がん性については限られた証拠しかないが、実験動物の発がんについて十分な証拠があるときにグループ2A(ヒトに対して発がんの危険性がある)と分類していること(甲二八、九八)などの事実に照らすと、証人Bの右供述部分は採用できないというべきである。

なお、控訴人らの主張するとおり、証拠(甲九九の1、2)によれば、労働省は、平成八年一一月五日、酢酸ビニル等四物質について、ラット及びマウスを用いた発がん試験の結果によりがん原性が確認されたとし、ヒトに対するがん原性は認められていないものの、これらの物質に長期間暴露した場合に健康障害を引き起こす可能性を否定できないため、化学物質による労働者の健康障害を予防するための必要な措置をとることとし、平成九年二月六日付け労働省労働基準局長名で、健康障害を防止するための指針を作成し、公示したことが認められるが、右試験結果及び局長通知は、右四物質の発がんの作用機序に一切触れていないものであり、また、これらの物質の製造、取扱いの事業に携わる労働者を対象としたものであって、食品中の残留農薬における発がん性農薬の評価及びその取扱いとはその前提を異にするものであるから、この事実は、先に認定したヒトに対する発がんの危険性を評価する際の一般的考え方を左右するものではない。」

10  同七二頁一〇行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「 控訴人らは、甲第一一六号証の意見書をもとに、米国において「有機リン剤の視覚系毒性試験方法に関する一連の科学的検討事項」が取りまとめられたことなどをあげ、米国では有機リン系農薬の慢性眼毒性を認める立場を取っている旨主張する。しかしながら、弁論の全趣旨によれば、被控訴人らは、右科学的検討事項においては、米国SAP(Sciece Advisory Panel)が科学的見地から、ILSI(国際生命科学研究所)とEPAが作成した眼毒性評価に関する毒性試験法(案)を検討し、その問題点を指摘しているだけであり、積極的に有機リン系農薬の眼毒性を認めているわけではないと理解していることが認められ、右検討事項がこれを超えるものであったと認めるに足りる証拠はないことに照らすと、甲第一一六号証をもってしても有機リン系農薬と眼毒性の因果関係を認めるに足りないというべきである。」

11  同七四頁一行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「2の2 フェニトロチオンの急性毒性及び亜急性毒性について

(一) 控訴人らは、食品衛生調査会が設定したフェニトロチオンのADIの根拠(毒性評価)が不合理であると主張する。

証拠(甲二六の2、二八、一〇四、一一六、乙三九、六一ないし六三、六七)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) フェニトロチオンは、有機リン剤であり、血漿、赤血球及び脳組織においてコリンエステラーゼ活性の低下を起こすとされている。

ところで、JMPRにおいては、一九八八年(昭和六三年)のフェニトロチオンのADIの再評価の時から、脳のアセチルコリンエステラーゼに関するデータは安全性評価において価値が高いこと、一方、血漿コリンエステラーゼ(ブチリルコリンエステラーゼ)の阻害は、有害な毒性学的影響であるとは見ないことを原則とする考え方を採っており、一九九〇年(平成二年)に刊行された環境保健クライテリア一〇四巻(乙六七)には、毒性評価のプロセスの項でJMPRの右の考え方が記述されており、右の経過からすると、本件告示のあった平成四年当時においては、血漿コリンエステラーゼの阻害は毒性症状と考えるべきではないという考え方が国際的な評価の原則であったということができる。

(2) 本件残留農薬基準の設定に関し、食品衛生調査会が調査審議において使用したフェニトロチオンの毒性試験成績に関する資料等によれば、資料六ー一(一九七四年(昭和四九年)発表)には「ラットにおける慢性毒性及び発がん性試験。九二週の慢性毒性試験において最高用量の一〇〇PPm投与群で脳のコリンエステラーゼ活性限害なし。

二年間の慢性毒性試験において一〇〇PPm投与で(脳のコリンエステラーゼ活性)阻害あり。NOEL(無影響量)は、〇・五㎎/㎏/日(一〇PPm)」旨の記載がある。

また、資料五‐一(一九七五年(昭和五〇年)発表)には「ラットにおける亜慢性毒性及び九二週摂取によるコリンエステラーゼの変動試験。コリンエステラーゼ阻害に関する無影響量は、五PPmと考えられ、この値は、雄では〇・二七㎎/㎏/日、雌では〇・二八㎎/㎏/日に相当し、イヌの無影響量〇・一五㎎/㎏/日にかなり近い。」旨の記載がある。

資料六ー六(一九八四年(昭和五九年)発表)には「イヌの一年間試験で血漿コリンエステラーゼの無影響量は一〇PPm(〇・二五㎎/㎏/日)」旨の記載がある。

(3) 控訴人らがその主張の根拠とする資料五‐一は乙第六二号証(昭和五〇年五月発行の防虫科学第四〇巻二号)に登載されている番号7の報告と同一であり、JMPRにも提出されている(乙第六三号証の訳文六八頁参照)ことが認められるところ、同資料において、フェニトロチオンのラットにおける無影響量を雄で〇・二七㎎/㎏/日、雌で〇・二八㎎/㎏/日と結論づけた根拠は、次のとおりである。

すなわち、スミチオン(すなわちフェニトロチオン)等に対するラットにおける亜慢性毒性及びスミチオン九二週摂食によるコリンエステラーゼの変動試験を行い、本試験の後、コリンエステラーゼに対するスミチオンの無影響量を決定するため、ラットにおけるスミチオンの混餌投与の追加試験を行った。追加試験では雄雌、各一五匹のラットを用い、スミチオンを〇、二・五、五、一〇PPmの濃度で混餌投与し、周期的に採血して血漿及び赤血球のコリンエステラーゼ活性を測定した。投与終了後にラットを屠殺して脳のコリンエステラーゼ活性を測定した。血漿コリンエステラーゼ活性の変化をみると、二・五PPm群では九二週間の投与期間を通じて酵素の阻害が認められず、五PPm群(〇・二七㎎/㎏/日に相当)において、雄では最初の一六週間に二〇ないし二五パーセント、雌では最初の一二週間に二〇ないし三五パーセント低下したが、この活性は、残りの試験期間中に回復した。また、一〇PPm群では有意な阻害が認められた。血球コリンエステラーゼは、血漿コリンエステラーゼよりスミチオンに対する感受性が低く、一〇PPm群においても酵素活性阻害はあまり大きくなかった。脳コリンエステラーゼの活性は、試験期間の終了時に測定されたが、どの投与濃度においてもスミチオンの影響は認められなかった。このような追加試験に基づいて、コリンエステラーゼの阻害に関するスミチオンの無影響量は、混餌濃度五PPmとすることができるとし、これを換算すると、雄が〇・二七㎎/㎏/日、雌が〇・二八㎎/㎏/日となり、イヌにおける無影響量(混餌濃度五PPm、〇・一五㎎/㎏/日)に非常に近いと結論づけた。

(4) JMPRは、一九八八年(昭和六三年)に、一九八六年(昭和六一年)に設定したフェニトロチオンのADI〇・〇〇三㎎/㎏/日を再評価するに当たり、毒性評価について、以前使用されていた血漿コリンエステラーゼのデータよりはむしろラットとイヌにおける脳アセチルコリンエステラーゼ阻害のデータを採用し、ラットについて餌中一〇PPm(〇・五㎎/㎏/日に相当)、イヌについて餌中五〇PPm(一・二五㎎/㎏/日に相当)とする無毒性量を求めた上、フェニトロチオンのADIを〇・〇〇五㎎/㎏/日と改定した。

(5) EPAは、平成三、四年当時、フェニトロチオンの一日摂取許容量(参考量)を〇・〇〇四㎎/㎏/日としていた。

以上の認定事実に照らすと、フェニトロチオンの急性毒性及び亜急性毒性の評価に当たり、血漿コリンエステラーゼの阻害は、有害な毒性学的影響とは見ないとする前記の国際的評価原則に従う限り、フェニトロチオンのADIを〇・〇〇五㎎/㎏/日と設定することには十分な根拠があったというべきであるから、本件残留農薬基準の設定に当たり、食品衛生調査会がフェニトロチオンのADIを〇・〇〇五㎎/㎏/日と設定したことに科学的知見に照らし不合理な点があったと認めることはできないというべきである。

そして、血漿コリンエステラーゼの阻害を有害な毒性学的影響と見ないとの見解は、前記環境保健クライテリア一〇四巻(乙六七)中に、JMPRの「毒性試験で、一方の動物種では影響が見られるが、他方の動物種では見られない場合、又は一方の動物種が他方の動物種よりある物質に対してはるかに感受性が高い場合には、一般的に、最も感受性の高い動物種(最も低用量で有害影響が見られた動物種)でのデータをN〇AELの判定及びADIの設定に用いる。」「残留農薬の毒性評戯に用いられるデータは、一般的に、急性毒性試験、短期混餌投与毒性試験、長期混餌投与毒性試験及び動態試験からなる。これらに加え、特別な影響、例えば発がん性、繁殖毒性、催奇形性、化合物によっては神経毒性等に関する試験データも通常必要とされる。」「評価の最終目標は、全ての毒性データベースに基づき無毒性量(NOAEL)を求めることであり、このNOAELはしかるべき安全係数とともにADIの算出に使用される。」「全ての試験結果を集約することにより化合物の毒性の評価が可能となる。」「化合物が毒性を誘発するか否かを判断する上で最初に考慮すべき点は、試験生物が暴露される試験物質の用量である。・・・ある試験で用いた一連の用量が毒性反応を引き出さなかった場合は、用量が不十分であったということである。この考え方はすべての毒性試験に適用される。」「最も適切な試験から得られたNOAELを適切な安全係数で割ることによりADIを決定する。最も低いNOAELが必ずしもADI設定のもとになっているわけではない。」等の厳格な見解とともに記載されていることに照らせば、十分に信頼できるものというべきである。

なお、控訴人らは、(2)に認定の資料は、食品衛生調査会の審議の対象になっていない旨主張するが、証拠(甲一一七の1)によれば、平成三年一一月八日、住友化学工業株式会社から農水省に右認定のフェニトロチオンに関する資料が提出されたことが認められるところ、証拠(甲一一八)によれば、食品衛生調査会の調査審議は、残留農薬・毒性合同部会において平成三年九月二六日に四一品目の農薬の食品規格設定について調査審議し、同年一一月一二日に分科会が開かれ同年一二月九日、右合同部会において、四一品目のうち三四品目について食品規格(案)を調査審議して委員長に報告し、平成四年四月二八日の常任委員会において、右報告のあった三四品目についての食品規格の設定につき最終決定がされ、即日被控訴人厚生大臣に答申されたものであることが認められ、これらの事実からすると、厚生省においては、農水省の任意の協力によって住友化学工業株式会社から農水省に提出された前記認定のフェニトロチオンの資料を入手し、分科会の専門委員へ各専門分野ごとに右資料を分類送付し、予め検討を依頼した上で、分科会で各委員により調査審議を行い、この結果を平成三年一二月九日の食品衛生調査会残留農薬・毒性合同部会、さらには常任委員会において調査審議したものと推認するのが相当である。

(二) 控訴人らは、EPAが平成七年七月にフェニトロチオンの参考値(ADIに相当するもの)を〇・〇〇一三㎎/㎏/日と設定したことを根拠にして、被控訴人厚生大臣が設定したフェニトロチオン残留基準値に基づき理論最大一日摂取量を計算すれば、現在でさえADIの約九〇パーセントを占めているのであるから、EPAの右参考値から計算した一日摂取許容量をはるかに超えており、健康を損なう危険性があると主張する。

しかしながら、証拠(乙四八)によれば、厚生省では、国民が日常の食事を介して食品に残留する農薬をどの程度摂取しているかを把握するため、マーケットバスケット調査方式による農薬の一日摂取量調査を実施していること、その調査結果によれば、フェニトロチオンの一日摂取量は〇・七七μg(平成三・四年度)、一・四八μg(平成五年度)、七・一二μg(平成六年度)であり、対ADI(〇・〇〇五㎎/㎏/日)比は、〇・三一ないし二・八五パーセントであると報告されているところ、EPAの参考値〇・〇〇一三㎎/㎏/日に平均体重五〇キログラムを乗じて一日摂取許容量を試算すると、六五μgとなるから、EPAの評価をもとにしたとしても、フェニトロチオンの摂取量は、一日摂取許容量の四・七パーセントから一〇・九パーセントであり、許容される摂取量を大幅に下回っていることが認められるから、被控訴人厚生大臣が設定したフェニトロチオンの残留基準値が、人の生命、身体に障害を及ぼし、健康を損なう危険性があると認めることはできない。

(三) 控訴人らは、EPAでは、ADIとして職業上の暴露を除く全ての経路からの農薬暴露を前提としているが、わが国では、水と食物のみで、大気、室内空気等からの暴露を無視しており、大気、室内空気の農薬汚染はかなり高濃度であり、無視し得ない程度に達しており、二〇パーセントを超えることは明らかであると思われるが、仮にADIの配分において水、大気その他による暴露が全体の二〇パーセントであるとすれば、基準設定農作物を介した農薬の暴露評価において、理論最大一日摂取量はADIの九七パーセントを超えることになり、フェニトロチオンの理論最大一日摂取量に水、大気等による暴露量を考慮に入れると、一日摂取許容量を超えることになると思われる旨主張する。

しかしながら、証拠(乙六四ないし六六)によれば、環境庁による平成五年度の化学物質環境汚染実態調査では、大気中のフェニトロチオンについて全国一五地点で測定した結果、一地点から検出された以外はいずれも検出されなかったこと、水については平成八年度の水質測定結果では、フェニトロチオンについては全国で二六二検体の測定が行われ、検出が見られたのは二検体のみであったことが認められ、これらの事実からすると、フェニトロチオンの水、空気等を介しての暴露は極めて限られたものと推測されるから、フェニトロチオンの理論最大一日摂取量に水、空気等を介した農薬の暴露量を考慮に入れたとしても、ADIから計算した一日摂取許容量を超えるものとは考えられないばかりでなく、フェニトロチオンのマーケットバスケット調査による暴露量が一日摂取許容量の三パーセント未満であること(乙六四)を併せ考慮すると、食品を通じて右農薬を摂取することにより、控訴人らの生命、身体に障害を及ぼす客観的蓋然性があると認めることはできないというべきである。

2の3 マラチオンの毒性について

控訴人らは、マラチオンについても、基準設定の農作物以外の水、大気等を介しての暴露を二〇パーセントと見た場合、理論最大一日摂取量がADIから計算した一日摂取許容量を超えるものと思われる旨主張するが、証拠(乙六四、六五)によれば、前記の環境庁による化学物質環境汚染実態調査では、大気中のマラチオンについて全国一五地点で測定した結果、いずれの地点からも検出されなかったことが認められ、右事実に照らすと、マラチオンの理論最大一日摂取量に水、空気等を介してのマラチオンの暴露を考慮に入れても、食品を通じて右農薬を摂取することにより、控訴人らの生命、身体に障害を及ぼす客観的蓋然性があると認めることはできない。」

12  同七四頁七行目から八行目にかけての「乙第二号証の」から同一〇行目の「見られないことや」までを「乙第二号証によれば、ヤンセン株式会社の試験施設において実施されたラットによるイマザリルの三世代繁殖毒性試験成績によると、体重、摂飼量、妊娠率等に異常は認められず、また、生存胎仔率、同腹仔数、異常胎仔数等すべての観察項目において胚毒性、催奇形性及び繁殖能異常を示す変化は認められなかったこと、ウサギによる催奇形性試験結果でも胚毒性及び催奇形性は認められなかったことや」と改める。

13  同七五頁三行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「 控訴人らは、イマザリルは、男性用経口避妊薬(殺精子剤)としてアメリカ・シンテックス社が特許を取得しているイミダゾール類の主要な物質であると主張するところ、イミダゾール誘導体である化合物の中にイマザリルが含まれていることは認められる(乙三)ものの、イマザリルに殺精子作用があることを裏付ける試験成績はないのであるから、イミダゾールの誘導体であるとの一事からイマザリルに殺精子作用を認めることはできないというべきである。この点について、控訴人らは、アメリカの科学者シーア・コルボーンら著の「奪われし未来」(甲第一〇三号証)の中には、ウィスコンシン大学薬学部・環境毒物センターのリチャード・ピーターソンとロバート・ムーアによるダイオキシンのラットの生殖機能に関する研究における実験結果から、「有害化学物質によってラットの精子の九九%が打撃を受けたのに、ラットの生殖能力に全く支障が出ない。」という事実が分かったとの記述があり、この事実は、ヤンセン株式会社の行った三世代繁殖毒性試験で異常が出なかったとしても、それだけで殺精子作用を否定する根拠になり得ないことを示していると主張するが、そもそもイマザリルに殺精子作用があることを認め得る試験成績はないのであるから、右記述をもってイマザリルが生殖細胞に影響を及ぼすとの控訴人らの主張を裏付けるものと認めることはできない。

また、控訴人らは、イマザリルはベンゼン環に塩素が付いた化学構造式をしていることから、ダイオキシンを含むおそれがあると主張するが、ベンゼン環に塩素が付いた化学構造式をしているというだけでは、イマザリルにダイオキシンが含まれると認めることはできず、他に右主張を裏付けるに足りる証拠はない。」

14  同七五頁六行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「3の2 マラチオン、ペルメトリン、シペルメトリン、イマザリルの内分泌 攪乱性について

控訴人らは、シーア・コルボーンら著の「奪われし未来」(甲第一〇三号証)等を引用して、マラチオン、ペルメトリン及びシペルメトリンが内分泌攪乱化学物質として取り上げられており、また、イマザリルも内分泌攪乱化学物質の可能性があると主張する。

しかしながら、証拠(甲一〇二の1、2)及び弁論の全趣旨によれば、環境庁の外因性内分泌攪乱化学物質問題に関する研究班の中間報告において、「これまでに得られている知見からは、一般生活において内分泌攪乱化学物質が人に影響を及ぼしているか否かを判断することは困難」とされていること、国際的に見ても、内分泌攪乱化学物質については国際政府間フォーラムを通じて国際的な研究や協調が進められようとしている段階であって、未だ研究途上の問題であること、平成九年二月に米国環境保護庁から出された「環境内分泌攪乱作用に関する特別報告」においても、一部の例外を除いて、内分泌攪乱メカニズムによって作用する人への具体的影響と環境中に排出された特定の化学物質との因果関係は確立されていないとして、新たな調査、研究の必要性を述べているのみであることが認められ、これらの事実に照らすと、控訴人ら主張の農薬が内分泌攪乱化学物質として控訴人らの健康等に具体的な影響を及ぼす客観的なおそれがあるとすることはできない。」

15  同八〇頁八行目の「原告C」から同八一頁七行目末尾までを次のとおり改める。

「 証拠(控訴人C、同D各本人)によれば、控訴人らは、本件各行為により農薬に汚染された食品を食べ続けなければならないと考え、そのことによる控訴人らの健康に対する不安、さらには控訴人らの子や孫にまで悪影響を及ぼすことに対する不安を感じていることがうかがわれるところ、子や孫の人格権的利益の侵害について、父母ないし祖父母が独自に不法行為による精神的損害の賠償を請求し得るか否かの解釈上の問題はさておき、以上認定、説示したところによれば、控訴人らないしその子や孫が本件各行為に係る農薬を含有する食品を摂取することによって、その生命、身体に具体的な障害が発生し、健康を損なう危険性が客観的に予測されると認めることはできないから、控訴人らの右の不安は、社会通念上甘受すべき限度を超えるものとはいえず、結局、食品の安全性に対する危惧ないし懸念の域を出るものではないというべきであり、したがって、また、残留農薬基準の設定における基本的考え方の変更や食品衛生調査会の調査審議の経過などが控訴人らに不安をもたらし、あるいは食品の安全性について十分な情報を入手できないことに対する不安、不信といったものがあるとしても、それらの不安等が社会通念上甘受すべき限度を超えるものでないことも明らかというべきである。」

二  よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森脇勝 裁判官 池田克俊 裁判官 藤下健)

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